東京と沖縄。何かを一緒につくるには、決して近い距離ではありません。
すぐに会えない。移動には時間も費用もかかる。同じ場所で働いていれば、ひと言で済むことも、言葉にして共有しなければ伝わらない。
普通に考えれば、距離は非効率です。
けれど最近、その非効率の中にこそ、二つの拠点で取り組む意味があるのではないかと考えています。
同じ場所にいると、見えなくなるもの
同じ場所で、同じ人たちと仕事をしていると、話は早く進みます。その一方で、前提も揃っていきます。
何が当たり前なのか。誰に届けるのか。どこに課題があるのか。
共通認識が増えるほど、説明しなくても仕事は進む。しかし、その「説明しなくてもわかる」が、まだ見えていない可能性を閉じてしまうこともあります。
距離があると、前提を言葉にしなければなりません。
東京では自然に受け入れられる考え方が、沖縄では別の見え方をする。沖縄の現場では切実な課題が、東京にいるとまだ抽象的にしか見えない。
このずれは、なくすべきものではありません。
むしろ、ずれがあるから問い直せる。自分たちの常識が、どこまで通用するのかを確かめられる。
東京の強み、沖縄の強み
東京には、多くの企業や技術、人材、情報が集まっています。新しい事業の動きに触れやすく、異なる業界の知識を組み合わせる機会も多い。技術をどう事業にし、どう伝え、どう社会へ広げるかを考えるには、強い場所です。
沖縄には、地域の文化や観光、人々の暮らしに近い距離があります。現場で何が本当に必要とされているのか。つくったものが実際に使われるのか。地域の中に入らなければ見えない問いがあります。
ただし、東京が考え、沖縄が実行するという単純な分業ではありません。
沖縄を拠点とするChibariyoのテクノロジーと、東京を拠点とするtazikuの事業設計・クリエイティブを掛け合わせ、観光や地域を起点としたサービスをつくる。それが、AI/CLの出発点です。
技術だけでは、現場に残るサービスにはならない。クリエイティブだけでも、構想を動く仕組みに変えることはできない。
どちらかが主で、どちらかが従なのではなく、互いの視点によって判断を確かめていく関係です。
離れているから、雑に進められない
距離があると、曖昧なまま進めることが難しくなります。
なぜつくるのか。誰に使ってほしいのか。どこまでを試し、何を見て次へ進むのか。
会議の場だけで理解したつもりにならず、小さく形にして確かめる。現場で得た反応を持ち帰り、もう一度設計し直す。
手間はかかります。
けれど、その手間があるから、AIを導入すること自体を目的にせずに済むのだと思います。新しい技術から考え始めるのではなく、地域の文化や課題を見つめ、必要な技術を選ぶことができる。
近さが生む速さもある。一方で、距離が生む慎重さもあります。
距離をなくすのではなく、使っていく
東京と沖縄の距離を、オンライン会議やAIで埋めることはできます。情報共有は速くなり、以前より一緒に仕事をしやすくなりました。
それでも、二つの場所を一つにする必要はないと考えています。
違う場所に立っているから、違うものが見える。その視点を無理に揃えず、一つのサービスの中でつないでいく。
地域に根差すことと、世界へひらくこと。技術として実装することと、人の心が動く体験にすること。その間を行き来しながら、どちらか一方では生まれなかった形を探していく。
その距離をどう使うか。互いの強みを固定的な役割にせず、プロジェクトごとに組み替えながら進めること。
東京と沖縄だからできることは、きっと、その往復の中から生まれてくるのだと思います。